私は不妊カウンセラーの資格を取得する講習会で、大谷レディースクリニックの大谷院長の話を拝聴する機会がありました。大谷院長は、国内での着床前診断で何組ものご夫婦を出産まで導いてこられた生殖医療の第一人者です。流産を繰り返す夫婦を励まし一筋の光を灯し、命と向き合ってこられたお父さんのように温かいドクターです。
ですが日本産婦人科学会は、着床前検査は「命の選択」に繋がるという理由で、大谷院長の主張を認めませんでした。あれから17年が経ち、着床前診断という言葉は世の中に広まりつつありますが、未だに倫理的な問題はなくなることはありません。
大谷院長が誠実に取り組んでこられた話を傾聴して、不妊カウンセラーとして何ができるのかを深く考える機会を与えていただきました。この記事は、着床前診断を勧めるものではありません。習慣性流産などで妊娠を諦めるご夫婦に、着床前診断を知るきっかけになればと思います。
着床前スクリーニング(PGF)とは?
着床前スクリーニングとは、体外受精を行うときに、移植前に受精卵の染色体を調べて異常がないことを確認する技術です。主に染色体に異常がないかを調べます。スクリーニングとは、誰にでも偶然起こる可能性のある異常を探すことです。
染色体数の異常がない胚だけを子宮に戻すことで、着床率、妊娠率を上げて、流産のリスクを減らすことができます。
移植前の受精卵を調べるため、治療の流れや体への負担は一般的な体外受精と変わりません。
安全性が気になるところですが、調べる部分は、胚盤胞のなかでも胎盤になる細胞を3~5個採取するだけなので、赤ちゃんに影響を及ぼすことはないと証明されています。
ベルギーのブリュッセル自由大学では、着床前診断を受けた赤ちゃんを5~6歳まで追跡調査したところ、顕微授精で授かった子供との間で、認知能力、精神発達、心理社会的な発達に差がないことが報告されています。
世界中で何万人もの赤ちゃんが着床前診断を受けて誕生していますが、検査を受けたことが原因で子供に異常が出たとの報告はありません。
ただ、世界で初めて着床前診断で赤ちゃんが誕生したのが1990年ですから、世代を超えた安全性はこれからの課題かもしれません。
着床前スクリーニングはどんな検査?誰でも受けられるの?
アメリカやヨーロッパでは、着床前診断への理解が進んでいますが、日本では命の選別という倫理的な観点から、特別な理由がない限り禁止されていました。
2017年にようやく臨床研究として、限られた施設でのみ行えるようになりましたが、日本産婦人科学会が定める条件をクリアした夫婦のみが適用されるなど、 ハードルは未だ高いのが現状です。
国内で検査の対象となるのは、習慣性流産の原因が夫婦どちらかの染色体異常と診断され、日本産婦人科学会認定医によるカウンセリングを受けたのち、倫理委員会に通し、日本産婦人科学会に申請して許可が得られた場合のみとなっています。何だかこれを読んだだけで疲れてしまいますね。
申請が通らなかった場合、日本で検査ができないため、海外に胚盤胞を送って検査をしてもらうしかありませんが、高額な輸送費がかかるため、患者の負担はとても大きいのです。
着床前スクリーニングの検査の流れ
着床前スクリーニングは、検査の前に遺伝カウンセリングを受ける必要があります。
遺伝カウンセリングでは、染色体異常など、ご家族で共有する不妊原因がないか、過去の不妊治療歴や妊娠歴など詳しく調査します。
総合的に判断して、検査の必要性や出産につながる可能性がどのくらいあるのかを考えます。
カウンセリングの際に、着床前スクリーニングの方法や、検査でわかること、考えられるリスクなどの説明を受けます。
検査は受精卵に対して行われるため、通常の体外受精と同じ感覚で治療が進みます。着床前診断自体は体への負担はありませんが、国内での申請が通らなかった場合は、海外での検査を視野に入れる必要があります。
胚盤胞じゃないと着床前診断はできない?ダメな理由は?
受精卵は胚盤胞まで育つと、赤ちゃんになる部分と、胎盤になる部分に別れます。着床前スクリーニングでは、胎盤になる部分の細胞を抜き取って検査するため、胚盤胞まで育てる必要があります。
また、胚盤胞での検査はノーダメージで行えることがアメリカの研究で判明しています。
胚盤胞1個では検査できない?何個から?
受精卵の染色体異常の割合は、20代の女性でもでも30%と言われています。35歳を過ぎるとその割合が急激に増加します。
正常卵は35歳で1/2個、40歳は1/4個、42歳以上になると1/6個にまで減ってしまうため、胚盤胞の数が少ないと正常卵が見つからないこともあります。
正常な受精卵を見つける確率を上げるためには、出来るだけたくさんの胚盤胞を検査する必要があるんですね。
着床前スクリーニングを行うメリットとデメリット
着床前スクリーニングの最大のメリットは、着床に至らない胚の移植を避け、流産による母体への負担を減らすことです。移植の費用や時間も有効に使うことができます。
また、遺伝的な疾患などで赤ちゃんを諦めるカップルにとっては、正常卵を探せる着床前スクリーニングは有用といえます。
デメリットは、国内での検査は申請までには3ヶ月ほどの時間がかかり、必ずしも申請が通るとは限らないことです。国内でも海外でも検査自体に高い費用がかかることも負担の一つです。正常卵と判定された受精卵を移植を出来たとしても、100%妊娠、出産に至るとは限りません。
着床前スクリーニングの費用は?
検査費用は、胚盤胞1個につき5万円ほどの費用がかかります。海外へ輸送する場所は、輸送費が別途必要となります。採卵にも20万〜30万と費用がかかるため、流産を繰り返すなどの理由がないと、誰もが簡単にできる検査ではないのが分かります。
着床前スクリーニングを勧められた方の話
私のカウンセリングを受けられた方の中にも、体外受精の移植後に流産を繰り返し、染色体異常について悩まれている方が多くいらっしゃいます。
個人によって考え方は違うと思いますが、着床前診断を考えるタイミングはいつごろなのでしょうか。
40代で体外受精にチャンレンジされているYさんは、体外受精で何度か着床するものの、途中で成長が止まってしまうため、病院から着床前診断を勧められました。
体の状態や費用などをご夫婦で話し合った結果、胚盤胞×5万円と、海外への輸送費が30万円と高額な費用がかかるため、検査は受けないことにされました。
正常卵を移植しても妊娠に至らかなかった場合を考えると、検査に踏み切るには勇気がいりますよね。
もう一人のAさんは、採卵は20回以上、移植は50回以上、流産も4回、着床障害の診断を受けました。病院から着床前診断を勧められ、検査を受けた結果、全てが染色体異常でした。とてもショックを受けておられました。
ですが、移植にかかる費用や、流産を回避できるメリットを考えると、Aさんにとっては体への負担わ減らし、妊娠の可能性を高める方法の一つだと話しておられました。
まとめ
着床前スクリーニングは、まだまだ倫理的な問題もあり、検査自体に高額な費用がかかるため、誰もが簡単に行える検査ではありませんが、反復流産や不育症で心身ともに傷つく女性が一人でも減る方法だとしたら、私たちはもっと理解を深める必要があります。
少子化が加速するなか、子供を諦めざるを得ない夫婦のために、体外受精の保険適用と、着床前診断のハードルを下げることは早期に実現してほしいと願います。